2024.12.24

Intern’s Column Part.3 - なぜこの分野に興味をもったのか。【後編】 -

生理は、生まれ持った身体に起因するものです。つまり、本人の選択ではありません。にも関わらず、生理は社会において「個人的」なこととして扱われることが求められます。

公の空間で話すことは憚られ、生理用品や痛み止め・ピルなど必要なものは自己負担。生理用品を無償配布する国もある中で、日本では無償配布どころか消費税軽減税率の対象にすら生理用品は入っていません。

そうして生理にまつわる辛さ・大変さ・苦しさを、本人の中にだけ閉じ込めておこうとする構造的な暴力が、生理へのタブー視としてこの社会に根深く存在しているのだと僕は考えます。

そうした生理へのタブー視が、友達に対して何もできなかったあの「無力感」に繋がっていることに気が付き(前回コラム)、そんな社会を少しでも変えたいと考えるようになりました。

そのためには

①性別関係なく誰しもが生理について正確で十分な知識を持つこと

②公の場で生理について「話す」という経験が広がること

が必要だと考えています。

僕は生理を経験しない人間として、特に1点目が重要だと考えています。

この社会の約半分は、生理を経験しない身体を持った人達です。その人達に、生理の経験が個々人の中に押し込められる辛さを、社会問題として認識してもらう事がとても重要です。

でも自分が経験しない・出来ないことに対して「自分事」として取り組むのはとても難しい事です。だからこそ、正確で十分な知識が広まる事が必要だと思います。知っていれば想像することが出来る。目の前の、大切な人の辛さを。同じ社会を生きる、顔も知らない「誰か」の辛さも。

そうして知識に基づく想像力は、2点目に挙げた「公の空間で生理について話す経験」をより意味あるものにしてくれるはずです。

そんな段階を踏みながら、我々は、社会に深く刻まれた構造的暴力としての生理へのタブー視を、少しづつ和らげて行けると僕は信じています。

そしてそんな変化の一部に自分も関わりたいなと思いながら、こうしてlimerimeでコラムを書き、日々勉強しています。そして今後の進路もそんな軸を持ちながら選択出来れば良いなと僕は考えています。